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矜持

新しくブログ作ったから面白がってるので日記をつけている

幾つか話したい話題はあったけど忘れた

 

 

一つはロシアのドーピング問題についてだ

あれはどうにも国主導でやっている気がしてならない

選手たちが少し可哀想に思った

選手たちもわかっていたはずだなんて言い方もあるけれど

どうにもその言葉を信用出来ない

 

理由は二つだ

ドーピングの反応って風邪薬にでも出たりすること

去年はOKだったのが今年はダメになるとかそういうのがある

 

他には尿を選手が保管していたとかいうのがある

(選手自身が尿を長期間にわたって保存するのは変だけど)

知ってか知らずかは問題あるけれど

こういったら問題ないと思う

 

ドーピングっていうのは風邪薬とかにも反応してしまう

だから定期的にとっておきたい

だから一回尿を提出してくれと

 

ドーピング薬は大丈夫な薬だからっていう脱法ハーブのノリ

プロテインとかはドーピングじゃなかった気がする

やっぱり人よりより良い成績を求めるために

そういったのを飲むのを僕は否定出来ない

 

 

もう一つがいま世間を騒がせている障害者施設の話だ

職員を結束バンドで拘束したっていうのがおかしい

なんで抵抗せず4,5人を拘束できるのかわからない

 

あとやっぱり自分が精神疾患にあるためか同情的になる

でも他の人とは違うと思う

 

外側から鍵のかかる部屋で拘束されて寝るベットがあるところ

あんなところで生活したくない

マジで殺してくれと俺は思ってしまった

今でもできるだけ考えないようにしているけれど

死にたい気持ちっていうのがやっぱりある

 

僕は最初は胃の病気だった

胃潰瘍かもしれないからと胃カメラを飲ませられた。死ぬかと思った

最悪なことになんともなかった

精神的なことが原因だと言われて精神病院に今通っている

ご飯を満足に食べられないっていうだけで死にたくなった

 

たったこれだけのことで辛いとか言っている

詳しく言うともっといろいろあるんだけれど

思い出したくないし長くなるから省く

 

自分の想像だけど大した給料ももらえずにそんなのの世話をする

俺はやっぱ殺しあげるのが人情じゃないかとか思っちゃう

いつかは良くなるはずだって言ってもう長いことニートしている

3年を越したあたりから数えなくなった

 

昨日の日記から人生のわかりづらさというのを理解はしてるつもりだ

でもやっぱり悲観的になってしまう

 

 

ニコニコ動画で政治を見ているとたまにこんな類のコメントが有る

日本人が活躍する→日本人の俺はすごい

 

話は変わるけれどブーメランっていう言葉がある

このブーメランっていうのは誰にも当てはまってしまうものだ

自分の話すことっていうのは自分の思考から生まれてくる

多分何が言いたいかわかった

 

同じ地域のひとや同級生が活躍していると嬉しく思う

そういったことが彼の人たちは許せないのだろうか?

 

僕は責任を感じて身が引き締まる思いをする

彼らのように頑張って活躍しているのだから

日本人や地域の同級生としてそれに恥じぬ行動をしようと

そして死にたくなるウルトラソウッ ハイッ!

 

こういう人たちは何に自信をもって日々生きているのかわからない

TV東京でいまヤっさんという小説が原作?のドラマがやっている

その番組ではホームレスでも人としての矜持は失うなとよく言う

自分も実感しているのだが

何もないからこそ矜持というのを失ってはいけない

 

今の世の中にこそこの言葉を思い出したほうがいいと思う

僕たちは一人の人間としてどう生きるべきなのか

それを考えるときにどうしても国家を意識せざるを得ない

 

自分一人のためにはそれをしたほうが得だが

みんなが生活していることを考えるとやめるべきではないか

この感覚っていうのが少ない気がする

それというのも愛国心っていうのが少しもないからじゃないかなぁと

 

だから僕は愛国心っていうのを少なからず持とうと思っている

たしか三島由紀夫が言うには愛国心はいらないと

何があればいいのかと言うと

「やまとごころ」だと

この感覚はまだわからない

 

いつ日記を終えようかと思ってるけどなかなか切れない

やまとごころっていうのは平安時代とかそこら辺の言葉らしい

男どもが中国文化に毒されて漢字がどうのこうのいってたとき

女性がこの言葉を使ったのだ

 

男女のあれこれと自信についても言いたいことがある

それは長くなるのがわかるから今日はこれでやめる

あまり呪いの言葉は吐いていないと思う…

呪いの言葉についてもしっかりと考えておきたい